22

「あんたの兄さんは、何処に囚われているんだ? 」
 オレは、尋ねた。
 「神殿の地下にあると聞く。俺は、行ったことはないが 」
 テシウスが答えた。……牢屋なんてあったのか。オレは知らなかった……。 
 「オレだって、あそこには居たが、牢屋なんて見たことねえよ 」
 「あんた……あそこに居たのか? 」
 「あんたの兄貴と同じようにな。……オレの場合、牢屋ではない部屋で、 鍵かけられて閉じ込められて……そこでいろいろ仕込まれていた。最悪だったぜ 」
 テシウスは変な顔をしている。
 「あんたは……神殿の奴らの……仲間じゃないのか? 」
 おいおい、一緒にすんなよ。あの胡散臭い奴らの仲間だって?
 「冗談じゃねえ。あそこには、オレの知り合いはいねえよ 」
 「……」
 テシウスはますます顔を歪ませた。

 「兄は……俺のためにお金が欲しかったのです。俺のスキルをあげる為に…… 」
 バードランドが、彼に暖かい飲み物を用意してくれた。
 「俺たちには親が居りません。今まで、ずっと二人きりで暮らしてきましたから 」
 彼は、バードランドに自分達のことを話し始めた。オレとジョイは、傍らで黙って様子を見ていた。
 「神殿には、選ばれた者たちが、それぞれ優遇されて暮らしていると聞きましたので、兄は迷わず、志願いたしましたが……残念ながら選抜されずに戻ってきていたのです 」
 「……で、なぜ、こんなことに? 」
 「神殿の内部に『指導者を騙る』者が入り込んだので、人知れず処分して欲しいと……神殿の選抜隊の上官だったと思います 」
……だから、オレは騙ってねーっうの。
 テシウスの話を聞きながら、オレはムカムカしていた。

 「彼を『神の水』に投げ込んだまではいいが……そのあと、彼を逃がした犯人として、兄は捕らえられてしまったのです。
 ……全ては、神殿の選抜隊が仕組んだことだった 」
 「……で、結局オレが奴らとグルになってあんたの兄貴を嵌めたってか? 」
 「…… 」
 「あいつらは、あいつらで、オレがあんたの兄と共謀していると思ったようだな。オレを逃がした……と 」
 「……実は、バール様が隠されていたとも知らずにね 」
バードランドも理解したようだった。
 「なんてこった 」
 オレは、開いた口がふさがらなかった。

「やれやれ、結局また振り出しに戻るのかよ。まいったぜ 」
 オレは、のろのろ立ち上がった。
 「あんたの兄貴を助け出さないと、オレはどうしても現界に戻れないんだろ?……なんだよー、せっかく出てきたのにさー 」
 バードランドは、オレがこうすると、分かっていたようだった。
 「覚悟されるのですね? 」
 「うん。一か八かの賭けだな。もし、これで出てこれなくなったときは、仕方ねえ……従うしかないか 」

 テシウスが心配そうにこちらを見ている。
 「あのーー随分、聞かされた話の方と違うようです。貴方は 」
 「人の噂って、当てにならないことが多いぜ。オレはどうやらあんたたちのいう『指導者』には向いてねえらしいがな 」
 「にぃちゃん……」
 ジョイも心配そうに、寄ってきた。
 「大丈夫。なんだかオレにもよくわかんねえけれど……あいつらには負ける気がしねえ 」
 根拠はないが、なぜかそう感じる。
 「テシウス……といったな 」
 「…… 」
 「いいか、男の約束だぞ。オレがあんたの兄貴を助けたときはーー次はオレを必ず現界に送ってくれ 」
 「ええ…… 」
 ヤツは……静かにうなづいたのだった。

オレは、どこまでついてないんだろう。つくづく自分が嫌になるよ。
 現界に居たときの悩みなんて、あまりにもちっぽけで馬鹿らしすぎた……。
 今度はその現界に戻る為に、今、こんな大変なことになってしまっているなんて……。

 建物の周りを、奴らに気づかれないように静かに探ってゆく。
 少しでも気(生体エネルギー)を捕らえなくてはならない。

 (生きていろよ。あんたがいないとオレは……)
 オレは、必死に願っていた。

 暫くして……気が感じられる場所に当たった。なんだか、洞穴らしき場所だ。
 オレは、躊躇することなく入っていった。時間が無いのだ。

 奥には……木で出来た重層そうな門があり、槍を持った男が両サイドに立っていた。
 「だれだっ!? 」
 男たちは、大声で怒鳴ってきた。オレの姿に、一瞬戸惑ったようだったが……。

 「ここに、処刑される男が居ると聞いてきたが……? 」
 オレはなるべく、感情を抑えて、尋ねた。
 「何だ!貴様っ!痛い目にあいたくなかったら…… 」
 男が、慌ててこちらに向かってきた。オレは、構えた。
 「やれるモンなら、やってみろよ、おっちゃん 」

 槍で突こうとする男の懐へ……左手で攻撃を裁きながら、右拳を素早く深く……みぞおちへと叩き込んだ。
 「がはあっ……!! 」
 殺すのではないにしろ、彼らの動きを止めなければならない。
 一撃必勝。これは、嫌というほどここでやらされた事だ。
 
 一人を仕留めたすぐに、右からもう一人が襲ってきた。
 思いっきり上段から槍を振り下ろし打ってきた。オレは右腕を頭の上へ
……攻撃を止めた。プロテクターもなしに現界ではありえない、防御だ。
 「お前はっ!? 」
 オレは答えることもなく、すぐに男の腹に思いっきり膝蹴りを喰らわせた。

 終わった。

 二人とも、うまく仕留めることができた。

 門の入り口には大きな錠前がかかっていた。オレはちょいと念を入れて、鍵ごと壊してしまった。
 (へぇ……この能力って、結構便利じゃん )

 戸を開けると、そこには……手足を重い鎖でつながれ、貼り付けられている男が居た。例の腹の立つ男だ。
 やっぱり此処が、牢屋なのか……。

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21

「君たちは……何故こんなところに住んでいるんだい? 」
ジョイと二人になったオレは、食器の片づけを手伝っていた。
「じっちゃんは、この森の管理を任されているんだ。……迷って入り込む人がたまにいてね。……にーちゃんには、びっくりしたけれどさ 」
ジョイは手馴れた様子で、作業をこなしてゆく。
この年で家事はすっかり出来るようだ。
年上のはずのオレとはまるで違う
「『風読み』っていう人が見つかったら、にーちゃんは、帰っちゃうの? 」
ジョイが尋ねた。
「うん……できればね 」
「あの……おいらはさー……にーちゃんがここにいてくれたらって思うんだ。
ここら辺はね、長い間、決まった『指導者』様がいなくてさ。あまり治安も良くないし、土地としても価値が低いし……。にーちゃんの偽者もたくさん現れてさあ、いままで沢山殺されているよ」
……殺されているって、相当怖い世界なんだ、ここって……。

「……オレだって、偽者かも知れないだろ?」
オレは、子供相手にむきになっていた。
「にーちゃんみたいな人、初めてみたよ。面白いなぁ……。
『指導者』様って、お偉い人で、雲の上のような存在だって、じっちゃん言ってたもん 」
ジョイは、素直だ。
「多分、オレはそいつらとは違うんだろ?オレは、お偉い人でも何でもねえ……大体好き好んで、こんな所に来たわけじゃねえしな 」
「あのさー……もし元の世界に帰れなくても、おいらたちと、ここに住めばいいじゃん 」
「おまえ……勝手に決めんなよ 」
……と言いながらも、オレは彼の申し出が嬉しかったのだった。
知らない土地で、なぜか居場所を見つけたような気がしていた。

 バードランドの留守中、施設の関係者らしいものが、入れ替わり立ち替わり、何度か訪ねてきた。
オレは、奴らの気配を感じるとバードランドの書庫に隠れて、気配がなくなるのを待った。その間、ジョイが応対してくれていた。

「しつこいなぁ。あいつら。……よっぽど慌てているみたいだぜ 」
ジョイは、あきれたように、彼らが帰った後に、鍵をかけた。
「逃げ込むところって……大体決まっているもんな 」
オレは、書庫から出て、椅子に腰掛けた。
「……バールの奴、今日も来てなかったな 」

いつもなら、血相を変えて、あいつが飛んでくるに決まっているが……。

今回は珍しく、他の奴らばかりだ。
「うん。おいら、あいつ嫌いだから、来ないほうがいいけれど…… 」
「ジョイは、バールが嫌いなのか?」
「ちっとも笑わないんだもん。まじめだけどね。固すぎなんだよ、あいつは 」
ジョイの言葉に、オレは、笑った。
「確かにな……面白くない奴だよな 」

その日の夜遅く、バードランドは若い男を連れて戻ってきた。
年の頃は……オレとそんなに変わらないようだった。

バードランドが連れ帰った男は、名前を「テシウス」と名乗った。
風読みが出来る男だという。

「あんたかい。神殿に現れたとかいうヤツは。」
彼は、嫌悪をあらわにしていた。無表情の顔、わざと無視するような態度。
「君に、頼みがあるんだが…… 」
オレは、挑発にに乗らないように、声を抑えて話した。
「俺は、あんたの頼みなんか聞くために、ここに来たわけじゃない。
ひとこと言いたくてやってきただけだ 」
「……は? 」
「あんたのせいで、兄の処刑が決まった 」
「?何を言ってる?……オレはあんたもあんたの兄も知らねえぞ?」
心当たりはまるでない。
「あんたを処分すれば、金がもらえると兄は唆されたらしいが、あんたは、どんな手を使ったのか『神の水』からまんまと逃げやがった 」

ああ!……オレを突き落としたヤツが……。あいつのせいで、オレがどんなに長い間苦しんだか……。
「あいつが……オレを落としたヤツが兄なのか?」
「うるさいっ!あそこに落ちて、生きているヤツなんて今までいないんだっ!……騙されないぞ、俺は 」
テシウスはすっかり興奮している。オレは騙してなんかいない。
「……あれから、兄はお前を逃がした罪で牢屋にずっと繋がれたまま……。
……もうすぐ、首をはねられるか、へし折られるそうだ 」

テシウスが泣き出した。
「兄を返してくれ!そうすれば、お前の言うことを何でも聞いてやる 」

バードランドも宥めてくれていたが、ヤツは一向に耳を貸そうとはしなかった。
 

おい待てよ!騙されたのはオレのほうで、あんたの兄に突き落とされて、地獄を味わったんだぞ!……言ってやりたかったが、彼の余りの憔悴ぶりにそれ以上責めることは出来なかった。

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テシウス

「バール様が以前から話されていたことだが……まさか本当に起こるとは…… 」

じいさんの話によると、バールはオレが現れることを、随分前から知っていたらしい。
どういうことなんだ?オレは、あいつに見つかって捕えられるまでは、そんなこと全く……。
……何がなんだか、まるで分からない。

はじめは、側によるのも遠慮して、ぎこちなかったジョイだが、次第に打ち解けてきて、以前の人懐っこい笑顔を見せてくれた。それだけでも、オレは癒されたような気がした。

「今度こそ……あの場所から出してもらえなくなりそうで…… 」
「おそらくは…… 」

重い空気が流れた。

「あの……もう、『現界』には、もどれないのかな?」
オレの問いに、バードランドは……暫く考えた後に、話してくれた。
「この世界には……現界との結界があります。……どの段階の世界にもこういう接点はあると見られておりますが……それをいつどの場所に出来るかを予想出来る資格をもつ、『風読み』という者が存在することをご存知ですか? 」
……風読み?……何処かで聞いたことある言葉だぞ? ・・・・・・。

……と思って、はっとした。
オレを『神の水』に突き落とした男から聞いた言葉だ。
奴は、あながち……嘘を言っていたのではなかったのかもしれない。

「その……『風読み』って、一体どこにいるのですか?」
「私も会った事は無いがね。うわさでは、ここを降りたふもとの街はずれに住んでいるらしいんだが……」
「ふもとの街って……随分ありそうだな……」

何度もいうが、この辺りにはバードランドの小屋とあの逃げてきた建物以外何も無いところだ。皆目、検討もつかない。

「……それでも、探してみます。オレにはそれしか考えられない……」
「その姿で?おまいさん、知らない場所へ行きなさるのか?」
バードランドは、意味ありげなことを言った。
「はっきり言って、その姿形では……あまりにも目立ちすぎる 」
「あ……」

……やっぱり、変なのか。……自分でも、気持ち悪いもんな。
髪は伸ばし放題……といってもきちんと手入れをしてもらっていたので、汚くはないはずだが、長さが尋常ではない。足先まで届きそうだ。
肌の色だって、以前は日焼けしてたし、訓練生たちの中に同じような背格好の奴は多くいたんだ。
でも、今はペンキでもぶっかぶったように異様に白い。白すぎる。
……血……流れてんのか?みたいな……。
目だって、さっき見せてもらったけれど、日本人の色じゃなかった。
……エメラルド・グリーンってゆうか……。綺麗な色なんだけれど……今まで見たこともない色だ。
異国の人?……という感じでもない。
人型をしているけど、まるで生き物……って感じじゃないみたいなんだ。
うーん……頭の悪いオレには、うまく説明できないけれどさ。

「あっ!……兄ちゃんの姿さー……何処かで見たことあると思ったら……わかったよ。
あの建物の祭壇にあった彫刻とそっくりだよ。……思い出したよ。
すっげぇ綺麗だなって、祭事の度に思って見てたんだ 」
ジョイが、食器を並べながら、話してくれた。

「……なんか、オレって……いつの間にか、『指名手配犯』にでもされてそうだな 」
祭壇の彫刻にねえ……。
……しかも、オレがこちらに連れてこられるよりも、前にあったなんてさ。

「分かりました。……仕方ない。私が行くしかないのですね 」
バードランドは、苦笑した。オレは、慌てた。
「でも…… 」
「他に、方法は無いようですが?」
「オレのために、そこまでしてくれとは…… 」
いえねーよな。……オレは、言葉に詰まってしまった。
気は引けるが、結局頼むしかない。
「帰るまでの留守を頼みます。ジョイがいるので心配は要らないはずです 」

この世界に来て、唯一の心許せる人。バードランドじいさん。
思えば、現界には、こういう人たちがたくさんいたんだなぁ……とオレは今更、気づかされたのだった。

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19

その日から、オレは芝居を開始した。
出来るだけ……光を感じ、目が見え始めたことだけは悟られないように。
「見えていない」ということは、相手も油断して隙が出来るからだ。

バールが言っていたとおり、俺の体は「回復」よりも「再生」に近いらしかった。
というのも、こんなに長い間、寝たきりの生活では、筋肉がすっかり落ちてしまって、正常に機能しないはずである。
下手すると、歩けなくなってしまうはずだ。
しかし、手足はどうやらちゃんと働いてくれているようであった。
助かった。体への後遺症は残らなかったようだ。

(オレはオレだ。まだ、死んじゃいねえ! )

「なあ?……バール 」
オレはダメもとで聞いてみた。
「そろそろ……風呂に……その、入りたいんだけれど……ダメかな? 」
皮膚が出来るまでは、何も出来ずに、そのあとは、彼が丁寧に清拭してくれていた。きちんと手入れはしてくれているようだ。
バールは、暫く考えていたが、
「そうですね。……そろそろいいでしょう。負担がかからない程度になら…… 」
これは……もしかすると、上手くいくかもしれない。
オレは、少し期待を持った。

風呂場は、確か……長い渡り廊下を、歩いていかなければならない。
久しぶりに、部屋を出ることが出来て、内心ほっとしていた。
さて……ここからが、勝負だが。

歩いていく途中で、オレたちは、いかめしいおっさんたち数人と出会ってしまった。

……彼らは、どうやらオレのことを、よくは思っていないらしい。
訓練生以上の憎悪と殺気を感じる。

「バール殿、どちらへ行かれるのです? 」
嫌な響きの声だ。
「いい気になりなさんな。……どうやって、あの場所から助かったかは分からんが、我々は認めない 」
荒々しい、突き放すような言い方……。
「老師さま、お言葉を返すようですが……」
明らかに、バールとこいつらの意見は違っているようだ。
彼らはこの場所で、小競り合いを始めた。

今、この場所では、バール以外はみんな敵だ。
禍々しい……思い空気……嫌だ。
バール一人では、到底、太刀打ちできない。

(このやろう )

オレは、無意識に念をこめて……払いのけるように、気を使ってしまった。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、側にいた奴らが……突然何かにぶつかったように、はじけ飛んでいった。

???

(……なんだ、こりゃ??)

しかしこの時バールも……同じようにカベに叩きつけられたようだった。

(えっ……!?)

……オレ以外……まともに立っている奴は、オレの周りからすっかりいなくなっていたのである。気絶しているのか、動かない。気の動きで読むことが出来た。

(これって……チャンス??)

渡り廊下から、外に出たことは以前にもあった。

バールの様子も気になったが……彼をそのままにして、オレは再び外を目指した。
今度こそ……自由を手に入れるために。

表へ出てすぐに木々の間に滑り込んで、包帯をはずした。
完全に戻っているわけではないが、何とかなりそうだ。
バールたちの気も感じられない。

しかし……以前と同じだ。木々の枝が行く手を阻む。ましてや、自分の髪の毛もオレにとってはリスクになっていた。
ああ、うっとおしい。絡まってしまいやがって……。
はずそうとして……ふと気が付いた。
……あれっ? オレって、こんな髪の毛の色だったっけ??
脱色したか染めたような……プラチナブロンドっていうか……。なんだ、こりゃ??
例の水で色が抜けちまったのか?
……そういえば、手の色も変だ。しげしげと見つめた。
目が……まだ治っていないからなのか?

考えていくと、頭が変になりそうなので、そこで辞めた。
こんなところで、のんびりするわけにはいかない。
今度は、ある程度なら、人の気配が遠くまで分かる。
(気が読めるって……案外便利な能力だよな、これって )
ましてや、この辺は人が住んでいないと聞いていたし……実際にいないようだった。

感覚のままに、オレはあの人の家を目指した。

やがてほどなくして、あの小屋につくことが出来た。
オレは、迷うことなく戸をノックした。

「はーい」
と……元気なあのガキの声がして、戸が開いたのだが……奴の顔が一瞬にして変わってしまった。……とても驚いた顔をしていた。
「……あ、久しぶり。」
「あのぉ……?どなたです?」
奴は本当に、分からないようだった。
「……前に、助けてもらったんだけどな。覚えてないかい? 」
「???」

しばしの沈黙が流れた。

「ジョイ?……お客さんか?」
奥から、爺さん……バードランドの声がした。
「タツヒコです。……以前、助けていただいた」
その言葉に、ジョイは、再び驚いたようだった。
「ええっ!!……もしかして……にぃちゃん??」
「……そうだよ 」
オレは、苦笑した。やってきたバードランドも……ジョイと同じように、驚いたようだった。

「にぃちゃん、変身したのか? 」
ジョイは、まだオレを不思議そうに眺めている。
(……子供番組みたいないい方すんなよ。そんな簡単な問題じゃねーんだから…… )

あれから、ジョイに「姿見」を借りて自分を映してみた。
……やっぱり、変だ。……もう以前の自分の姿形ではない。
……知らない男?がそこにいた。
……って言うか、男なのか女なのか分からない誰かだ。
オレも驚いたが・・・もうこんなことが続くので、あきらめたというか、騒ぐこともない。……。

二人は丁度、食事の用意をしているところだった。
……って、オレっていつもこういうタイミングで、彼らに会っているよな。

バードランドを手伝いながら、オレは今まで遭った事を全部話した。

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18

 全く覚えていなのだが、オレはずっとうなされながら、泣いて侘びを入れていたらしい……。

やがて……日にちぐすりとでも言えばいいのか、徐々に痛みが和らいでいった。それでも、かなりの年月は流れたんだと思う。
顔の機能も回復し始める。聴覚・味覚・嗅覚・触覚……目だけはなかなか回復しないようで、最後まで包帯は残ってしまったが。

怪我の功名か、お陰で「六感」というやつが鋭く研ぎ澄まされたのだろう。
他人の気配やその動きが、おおよそつかめるようにはなっていた。
見えていないのに見えているとでもいうのだろうか。

「……バールか? 」
彼が部屋に入ってきたのに気づいたオレは、体を起こし、声を掛けた。
「ああ……起こしてしまいましたか。」
奴は、目の治療の用意と飲み水の替えを持ってきたようだった。最近はそればかりだ。
こまごまと何かと世話を焼いてくれる。
……前までは、たまに一緒に練習していた奴の一人とか、他人に任せていたはずなのに。

怪我?をしてから、限られたものしかこの部屋に入れないようにでもしているのか……ますますオレは、奴から離れられなくなっていきそうだ。奴の存在が大きくなる。

「随分、戻られましたね。この分なら立ち上がって歩き出すのも早いでしょう 」
「……それでも……どれだけ、かかったんだかな?……オレの髪……ほら、体中まとわりついてて気持ち悪いや。切ってくれよ 」
見えなくても、相当伸びているのが感覚で分かる。うっとおしい。
「勝手に切ることは許されません。貴方の髪の毛一本にも、力が備わっているのですから 」
「……なんだよ、それって?」
……又わけの分からないことをバールは、言い出した。

「自分の体をどう使おうが、勝手だろうがっ!」
オレのむっとし様子に、バールも負けてはいない。
「今は……貴方の体であっても、貴方だけのモノではありません 」
「どういう意味だ? 」
「貴方の現界人としての人生は終わりました。人型をされているとはいえ、
『神の水』によって貴方は浄化・再生されたわけです。簡単に言えば、生まれ変わられたということです 」

「は?オレの……人生は終わったというのか? 」
「元来……貴方は人間ではなかったのですから・・・・・・どうなんでしょう? 」

話が、大変な方向に流れていった。
オレは、人間としては死んだということなのか??
オレは……はっとして、尋ねてみた。
「そうだ!……オレと一緒にあそこに投げ込まれた奴らは? 」
「あの者たちは……気の毒ですが、生贄として『神の水』そのものになってしまった。貴方とは違うんです 」

……眩暈がする。気分が悪い。
「何であんな場所に……あんな危険なものがあるんだよ…… 」
「言ったはずです。この辺一体は聖地。一般人の出入りするようなところではありません。……一般人でも、ごく限られたものだけしか立ち入ることは出来ません 」

……オレはなんて間抜けなんだ。変な男の口車に乗せられて、まんまと罠にはまったような気がする。

「しかし……今の貴方にならあの場所は力を与えてくれるはずです 」
「そんなもん……言われたって嬉しくも何ともねえよ 」
「この話はまたあとで。これから、目の状態を見てもらうことになってますので 」
バールは、部屋の明かりを落とし、さっさと準備を始めたのだった。

それから、オレは目の診察を受けたのだが、術師の話だとオレの目の組織がまだ完全に出来ていないということで、再び閉じられてしまった。
薄明かりは感じることが出来るようにはなってきたので、あながち嘘でも無いだろう。
……とはいえ、目の不自由なのには参った。
気は読めたって見えるわけではない。
かといって元はといえば、自分のしたことなので文句も言えない。

……そういえば、あの男、オレを騙した野郎はどうなったんだろう?

診察が終わったあと、術師とバールとが話し始めた。
「順調で何よりです。あと少しというところですね 」
「ありがとうございます 」
「……しかし、その回復力もさながら、お会いするたびに神々しく綺麗になられてきましたね。『指導者』としての片鱗もうかがえる。……なるほど、これなら皆が納得されるに違いない 」
術師はそういって褒めてくれているようなのだが……男が『綺麗』だと言われても大して嬉しくも無い。
かっこいいとか、もっと他の言い方があるだろうが……とオレは内心ムッとしていた。

 バールが続けた。
「いいですか?このことは、他言せぬようにお願いいたします 」
「分かっております。バール様。……で、『式』のご予定は? 」
「それが……元老たちの反対もあってなかなか…… 」

 またまた、気になる言葉が出てきやがった。
「『式』?……式って一体何なんだ? 」
オレは口を挟んだ。怒られるのを承知して。
バールは、相変らずの冷たい口調だ。
「貴方を正式に此処の地区の指導者として宣言するんです。分かりやすく言えば、お披露目とでも、言いましょうか 」
「ばかいうなっ!!オレは嫌だっ!勝手に決めんじゃねえっ!! 」
オレは、大声で叫んでいた。

 ここの世界は、オレの話を誰も聞いてはくれないのか?
オレを『神の水』に投げ込んでこんな風にした男だって……。勝手にオレのことを

解釈しやがって……。オレは好き好んで、ここに来たわけじゃねえんだぞ……。

腹が立って、悲しくて、仕方なかった。
オレの話をまともに聞いてくれるヤツは、この世界にはいないんだ。

現界での生活を嫌がった罰なのか……。
あそこには、家族も友達もいた。嫌な奴もたくさんいたが、ちゃんと話は聞いてくれていたように思う。

このまま、言うとおり流されちまっていいものなのか?
思いの内を誰かに聞いてもらいたいのだが、どうすることも出来ない。

とそのとき、ある人物が頭に浮かんできた。
(そうだ!……バードランド……あのじいさん…… )
この世界で、唯一オレの話を黙って聞いてくれた人だった。
此処を抜け出し、途方に暮れていたオレを助けてくれた。
あの人なら、何かいい知恵をさずけてくれるかもしれない。

とにかく今は、まだ此処を抜け出せる状態ではない。
目の回復を待って、手遅れにならぬうちに逃げ出さなければならない。

……再び、オレは、脱走計画を練ることにした。

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17

大男は、小声で話しかけてきた。それも、二人真横に並んで、お互いまるで興味の無いように別々の方向を向いて。
……オレが胡散臭い奴を、警戒して視線を合わさないようにしていたのもあるが。

「あんたって……現界に戻りたいんだってな? 」
いきなりのこの質問にオレは、驚いた。
……なんでこいつは、オレのことを……?

「……送ってやろうか? 」
「……なに?」
「こちらの世界と現界とを繋ぐ、空間が出来る場所を調べる『風読み』ができる奴を知っている 」
「……風読み? 」
初めて聞く話だ。
この世界は、やはりオレが住んでいた場所ではないのか?
かといって、この男を……本当に信じていいのだろうか……?

心が揺れた。
どうせ、このままじっとしていても、事態が良くなるわけでもない。
それならいっそこいつを信じて動いた方が……。

……オレは、この男の話を信じることにした。
次の稽古が始まる前に……オレは、男に従ったのだった。
いわれるまま、施設を抜け出していた。
それが、あとでとんでもない結果になろうとは……夢にも思わなかったんだ。

オレたちは、深い深い森の奥へと入っていった
生い茂っていた木が徐々に少なくなり……やがて、日の光が差し込む場所に出てきた。上から覗き込むと……その先は、どうやら陸地ではないようだ。

 湖か?それにしても変な色をした水があたり一面広がっていた。
チョコレートのような、血のような色をした……。
……嫌な予感がする。

「ここが、あんたの言う現界に行ける場所なのか? 」

男は……不敵な笑を浮かべた。
「現界……いやそれよりも、もっといいところに連れて行ってやるよ。
……あんたの処分を頼まれたものでな 悪く思うなよ 」
油断していた。不意打ちを食らって、オレは羽交い絞めにされてしまった。

見ると……対岸には、オレと同じような男たちが何人か連れてこられていた。全くオレと同じ様に。
「ああ……あれは、お前みたいに、指導者を騙って神殿にやってきた馬鹿者どもたちだ。」
「……オレは、騙ってなんかいねぇっ!!」

オレは必死に抵抗したが、男の羽交い絞めをとくことは出来なかった。

「権力と財力に目がくらんできたはいいが、ここでおしまいだ。『神の水』で、裁きを受けるがいい 」

この場所……この湖が『神の水』といわれる場所だったんだ。
『裁き』って一体?

とそのとき、男の一人が、崖から下に投げ込まれるのを見た。

「ぎやぁぁぁ・・・っ!!」
ものすごい叫びがした。断末魔の叫びのような。

……液体窒素のような激しい煙と水の中で暫く暴れる音がしていたが……すぐに聞こえなくなっていった。

「オレは……騙っていない。何も望んでいない!」
動揺していた。先ほどの光景が頭に焼き付いて離れない。
……ここで、殺されるのか?

泣き叫び、失禁し、ぶざまな姿をさらしていたに違いない。
オレも……他の男たちと同じ様に、崖から突き落とされてしまったのだった。

落とされた状況のことは、オレもあまりよくは覚えていない……。

人とは思えないような、うめき声を出しているオレがいた。
(とはいっても、自分の耳の機能が回復するまで、オレには分からなかったが )

どう例えればいいのだろう。
体中焼け爛れていたのだろうか。
全身一度にたくさんの針を刺されたような……それもどこが痛い箇所なのか、部位の特定が出来ないほどの深い鋭い痛みだった。
中途半端に痛点だけが残っていたのだろうか……?
これが地獄の苦しみというものなのかな?

何度も何度も、その強烈な痛みで意識が遠のき……気がつくと再びあの地獄がやってくる……といった状態だ。もう寝ているのか起きているのかさえも区別できないほどだった。

息苦しくて、幾度と無く嘔吐していたように思う。
それこそ……時間の経過が分からぬほど長い恐怖の時間だった。

手の感触が戻るまでは分からなかったが、苦しみ、のたうち回るオレの手をしっかり握る奴の存在があった。
……あとで分かったのだが、バールであった。

オレを救ったのは、彼だった。

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16

「今回の議題は、指導者を騙る輩の排除及び、処刑についてということで始めさせていただきます 」

いかめしい顔のおっさんたちやおばちゃんたちが数十名だろうか、部屋にいっせいに集まっている。

オレは、バールの側に座らされて、ことの成り行きを窺う破目になっていた。若そうな奴なんぞ誰もいない場所だった。

気のせいか……周りの大人たちの視線がやけに痛かった。

「バール君、今回は5人かね 」
一人の男が質問を始めた。
「ええ、元はといえば、この地区に常駐される指導者がいらっしゃらなかったのが原因なのですがね 」
「……では、単刀直入に聞くが 」
男は一呼吸間を置いた。
「その者が、我々の新しい指導者になるというのか? 」

視線がオレに集中する。
オレは……ますます萎縮していった。周りと目を合わせるのが怖いほどだった。大体こんな場に連れて来られるのが間違いなんだが……。
「はい 」
バールは、はっきりと強い口調で返事をした。

「……だが、見た所、我々となんら変わりが無いではないか? 」
「……この方は、事情あって、現界で暮らされていた 」
「現界だと?」
一同にどよめきがおこった。しかし、一番動揺していたのは、オレかもしれない。
「……あのさ……バール…… 」
奴は、慌ててオレの言葉を冷たく突き放すように遮った。
「貴方が話す必要はありません……まだその権限を許されてはいない 」
そして、改めて男の方を向いた。
「この方こそ、長年探し続けた『ベオウルフ』様なのです 」
「……して、その根拠は?証拠はあるのかね? 」
「なんなら、その偽者たち5人とともに『神の水』を浴びていただきましょうか? 」
自信たっぷりに、バールは言い放った。
オレは、軽いパニックを起こしていた。
『現界』……『ベオウルフ』……『神の水』……キーワードのような、その聞きなれぬ言葉に、恐怖を感じずにはいられなかったのだった。

……夢なら覚めてくれ……。
もう何度願ったことだろう。
自分自身が、何かとてつもないことに巻き込まれているらしい。
……それも、自分でどうすることも出来ずにいる。オレは無力だ。

朝が来る度に、目覚める度に……その落胆は大きい。
今日も一日、誰かと殴り合い・蹴り合いの稽古に明け暮れるんだ……。
こんなことなら、クラブで先輩にヤキ入れられる方がまだましだったっけ。
今のように、殺気を感じながら、周りに常に気を使う必要も無かったしな。
オレは、ノロノロとベッドから立ち上がった。

会議のあった翌日の訓練から、目つきの鋭い、体格の良い輩が増員されたようだった。
それまでは、オレと同じ体格の若造ばかりだったというのに……。
知らない顔ぶれが、たくさん並んでいた。

オレの前に、オレよりも頭ひとつ分、でかい大男が立っていた。
「お手合わせ願おうか? 」
……以前のオレだったら、あわくって、ケツまいて、逃げ出しているに決まっている。
しかし、今なら……ある程度相手の手の内が読めるようにはなっていた。

間合いを徐々に詰めてゆく。一瞬で相手の動きを読まなければならない。
先に攻撃はせず、常に受け重視、攻撃を繰り出したあとのわずかの隙を狙って仕留める。

相手には、動きを読まれてはならない。指ひとつ、目線ひとつで勝負は決まる。
自然体から、オールマイティに攻撃を繰り出せるのが、オレの長所だ。

5人ほど、沈めたであろうか……猛者たちの顔色が変わり始めた。

前半の稽古が終わり、休憩時間になった。
……最近、よく話しかけてくる男がオレに近づいてきたのだが、例の大男が割り込むように間にはいってきて、男を追いやってしまった。
……まぁ、オレにはどうでもいいことだったが。

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15

それから又……どれぐらいの月日が流れたのだろうか?

嫌な時間は、長く感じられるもので、……しかしもうこの頃には、オレは訓練生?のなかでも上手くなってきたほうだったと思う。
簡単に気で相手を倒すことができるようになっていた。

……どう説明すればいいのか分からない。現実世界でもあるにはあることなのだが、まさか自分がこんなことが出来るなんて思ってもみなかった。

バールは、オレへの態度を少しずつだが変えてきたように思う。
頭ごなしに怒ることも無く、オレも悪戯に食って掛かるようなことはなくなっていた。

「来週には、会議に出ていただこうかと考えています 」
「……会議? 」
「ええ。仕事を始めてもらうつもりです 」
その日の訓練が終わったあと、食事時にバールが切り出したのだった。

「仕事って? 」
「別に貴方にどうしろというわけではありません。ただ、黙って事の成り行きを見て頂ければ…… 」
「毎日毎日、人と戦う稽古をやらされて……今度は会議って……もう、訳わかんねえよ 」
オレはため息をついた。
「今の貴方なら、とりあえずの危険はないと判断したからです。これからもっと危険な目に遭うかもしれませんからね 」
「脅かすなよ。もう十分させてもらってるのにさ 」
バールは、苦笑した。

そうして、今までは、厳しかった部屋の出入りもある程度までは許されるようになってきていた。

しかし、身に着けるものはすべて、彼らから与えられるものだけだった。
寝るときは、相変らず裸の状態だ。全て取られてしまう。

自分が与えられた部屋には、備え付けのベッドと小さな台には飲み水が入ったピッチャーとコップのみ。
そして、自分の家であったなら、物置化していた机と椅子がが一組。
分厚い辞書のような本が数冊。もちろん漫画じゃねえ。この世界のしきたりとか歴史とかの……それが、何日かに取り替えられる。
これが……唯一与えられた刺激というか、娯楽というか……。

テレビやケータイやゲームで育ってきたオレには、本当につまらないものだったが、無いよりはマシだった。

それは、訓練のあとの休憩時間のことだった。
いつもなら一人でぼんやりと過ごすことが多い俺だったが、今日は珍しく組み手をやった相手が話しかけてきた。

「きみ、凄いよね。どこの地区から選抜されたんだい? 」
「えっ? 」

オレの驚いた顔に相手もびっくりした様子だった。
「あ、聞いちゃマズかったのかな…… 」
「……君は? 」
オレは、恐る恐る聞いてみた。
「へへへ……これでも俺、○○地区ではトップだったんだけれどなぁ。やっぱり、世間は広いよな 」
「…… 」
聞きなれない場所から選抜で集まってきたという彼ら……。
「あ……オレは、そういうのじゃないんだ 」
今度は、相手が驚いた様子だった。
「えっ?君は試験を受けなかったのかい? 」
「…… 」
オレは返事に困ってしまった。
正直に話そうにも、自分でもどう説明すればいいのか分からない状態である。
「まぁ、いいや。とにかく頑張ろうぜ。上手く使ってもらえりゃ、左団扇で暮らせるんだからさ 」
「……あのさ……ここで戦争かなんか、おっぱじめるのか? 」
オレは、小声で聞いてみた。……こんなこと、聞いてはいけないような気もするのだが……気になって仕方がない。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。俺らの仕事は此処の警備じゃねえか 」

此処の警備だけに、選抜で人を集めているというのか……?
オレにはまだ、話が見えなかった。

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14

 一体、どれぐらい……時が過ぎたのだろうか……?

 刑務所(とオレが勝手に呼んでいる)に入ってから、オレはいろんなことをやらされていた。
 此処にに戻ってきたとき、オレは死なない程度に叩きのめされた。
 オレは、頭が良くないので、体で覚えさせる作戦か……?

 防御法……柔道の授業で受身をやったりはしたが、実戦練習なんかしたことが無い。まともにぶつかってくるから、生傷が絶えなかった。体の骨を締めて鍛えなおすのだそうだ。
 
 毎日、意識が飛ぶほど相手をさせられて……気が付いたら朝で……の繰り返しだった。

 それがもう、随分続いている。

 何十人かの修行者たちが、それぞれに自分の課題を練習している。緊張がたえない。
 そんな異様な風景の中に、オレは入れられてしまった。

 ハジキも刀も何も無い……『気』のぶつかりあいだ。
 拳ひとつがすべての世界なんだ ……ここは。

何の為にここまでやらなければならないのか、さっぱり分からない……。

 郷に入れば郷に従え……か。
 素人のオレでも、実戦を積めば何とかなるものだ。
 素質は持っていたのか……1対1……サシでなら、何とか相手の動きが分かるようになってきた。

 そうなると事は早かった。これは、悟りを開いたというのだろうか……?

 修行場での長い瞑想と気の練り方の練習。
 繰り返すごとに、何かがあふれて来るのが分かる。
 何なんだろう……? この感覚は一体……?
 
 「……オレを、傭兵にでもするつもりか? 」
 終わってから、傍らで様子を見ていた男(オレを監視でもしていたのか)バールに話しかけた。

 別に、こいつと仲がよくなったとかどうとかではない。単に話し相手が彼しかいなかっただけ……そういうことだ。

「傭兵に出来るほど、モノになるのでしょうかね 」
奴は、相変らず、さらっとイヤミを返してきた。

 今まで「馬鹿」なりに生活してきたオレだが、ここに来て随分言葉を覚えた。
……ってゆうか、そうしないと生きてゆけないことを、ここの生活で思い知らされたからだ。

「そろそろ……表に出す準備を始めようかと思うのですが。」
バールが意味ありげな言葉を他の奴らに話している。

一体何をしようというのだろう?
オレは、どうなっていくのか?
突き詰めてゆくと、頭がおかしくなりそうだ。
……このまま、奴らに従い続けるしかないのだろうか……。

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13

「……バール様は、悪い方ではありませんよ 」
老人は、僕の思うことを、見透かしているようだった。

「知っているのですか? 」
「言ったでしょう。この辺は、人の住むところではありません 」

静かな、低い声。不思議に落ち着く響きだ。

「オレ……もう……何を信じていいのか…… 」

「時が……解決してくれると思います。私が言えるのは、『自分を大切にしてください』……と、このぐらいでしょうか 」

「…… 」

「大丈夫。無理やり囚われるより、自らお戻りになられたほうがよろしいかと 」

せっかく、外に出てきたというのに……。
しかし、老人の言うことも、まんざら嘘ではないように思える。

「……もう少し……話を聞かせてください 」

オレは、これからのことを決めかねていた。

相手を理解したいと思ったら、まず話をすることだと分かっている。
でも、あのバールとか言う男は、必要最低限の事しか話してくれることは無かった。
この老人なら、それが許せるような気がしたんだ。

オレたちは、取り留めの無い話を、続けた。

……オレは出来る限りの知っている言葉を使って、老人は出来るだけ噛み砕いた易しい言葉で……。

若い頃は、老人は各地を転々と旅をしていたこと。
趣味は読書。地下室に大量にある蔵書の数がそれを物語っている。

オレは学生で、事故に遭うまでは、全く違う生活をしていたことを。
老人は……しかし表情を変えることなく黙って聞いてくれた。

この世界の他人が聞いたら、作り話だと怒りそうな……陳腐な僕の話を。

お陰で、やっと決心が付いた。
「……ありがとうございました。やはり……今は戻ったほうがよさそうですね 」

老人は、軽く頷いた。

「ジョイ、ヒコを……この方を途中まで、送って差し上げなさい 」

 「うん、じっちゃん、わかったよ」

 少年は、うれしそうに僕にまとわりついてきた。

 「いってくる 」

 

 

 二人で並んで歩く森。道らしき道も無い。
 本当に、どこまでも、果てしなく続いていそうだ……。

 「兄ちゃんはあの場所に住んでいたんだよね。凄いや 」
 オレは、苦笑した。住みたくて住んでいるんじゃネェのにさ……。
 「あそこはね、指導者と呼ばれる偉い人が祭られている場所なんだよ 」
 「……指導者? 」
 「うん、僕たちの地区には担当がなくて、あちらこちらから仮に来てもらっているらしいけれど。本来は、地区ごとにちゃんと住んでいるみたい 」
 「……? 」
 さっぱり意味が分からない。なんなんだ?それって……。
 「その……指導者って……何やってんだ? 」
 「僕にも、はっきり分からないよ。会ったこと無いんだもん。なんでもさ、色々な権限を持つことの出来る人らしいけれど…… 」
 「ふーん 」
 よく分かったような、分からないような……。

 その指導者のいるべき場所に、オレは連れてこられた訳で……。

 ……。

 まさか……だよな?

 やがて、建物らしき物が見えてきた。
 「ありがとう、もうここでいいよ 」
 「……又、来てくれる? 」
 あどけない笑顔。彼の笑顔はオレにとっては、救いだった。
 「うん 」

 オレはこうして再びあの場所をを目指した……。

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