17
大男は、小声で話しかけてきた。それも、二人真横に並んで、お互いまるで興味の無いように別々の方向を向いて。
……オレが胡散臭い奴を、警戒して視線を合わさないようにしていたのもあるが。
「あんたって……現界に戻りたいんだってな? 」
いきなりのこの質問にオレは、驚いた。
……なんでこいつは、オレのことを……?
「……送ってやろうか? 」
「……なに?」
「こちらの世界と現界とを繋ぐ、空間が出来る場所を調べる『風読み』ができる奴を知っている 」
「……風読み? 」
初めて聞く話だ。
この世界は、やはりオレが住んでいた場所ではないのか?
かといって、この男を……本当に信じていいのだろうか……?
心が揺れた。
どうせ、このままじっとしていても、事態が良くなるわけでもない。
それならいっそこいつを信じて動いた方が……。
……オレは、この男の話を信じることにした。
次の稽古が始まる前に……オレは、男に従ったのだった。
いわれるまま、施設を抜け出していた。
それが、あとでとんでもない結果になろうとは……夢にも思わなかったんだ。
オレたちは、深い深い森の奥へと入っていった
生い茂っていた木が徐々に少なくなり……やがて、日の光が差し込む場所に出てきた。上から覗き込むと……その先は、どうやら陸地ではないようだ。
湖か?それにしても変な色をした水があたり一面広がっていた。
チョコレートのような、血のような色をした……。
……嫌な予感がする。
「ここが、あんたの言う現界に行ける場所なのか? 」
男は……不敵な笑を浮かべた。
「現界……いやそれよりも、もっといいところに連れて行ってやるよ。
……あんたの処分を頼まれたものでな 悪く思うなよ 」
油断していた。不意打ちを食らって、オレは羽交い絞めにされてしまった。
見ると……対岸には、オレと同じような男たちが何人か連れてこられていた。全くオレと同じ様に。
「ああ……あれは、お前みたいに、指導者を騙って神殿にやってきた馬鹿者どもたちだ。」
「……オレは、騙ってなんかいねぇっ!!」
オレは必死に抵抗したが、男の羽交い絞めをとくことは出来なかった。
「権力と財力に目がくらんできたはいいが、ここでおしまいだ。『神の水』で、裁きを受けるがいい 」
この場所……この湖が『神の水』といわれる場所だったんだ。
『裁き』って一体?
とそのとき、男の一人が、崖から下に投げ込まれるのを見た。
「ぎやぁぁぁ・・・っ!!」
ものすごい叫びがした。断末魔の叫びのような。
……液体窒素のような激しい煙と水の中で暫く暴れる音がしていたが……すぐに聞こえなくなっていった。
「オレは……騙っていない。何も望んでいない!」
動揺していた。先ほどの光景が頭に焼き付いて離れない。
……ここで、殺されるのか?
泣き叫び、失禁し、ぶざまな姿をさらしていたに違いない。
オレも……他の男たちと同じ様に、崖から突き落とされてしまったのだった。
落とされた状況のことは、オレもあまりよくは覚えていない……。
人とは思えないような、うめき声を出しているオレがいた。
(とはいっても、自分の耳の機能が回復するまで、オレには分からなかったが )
どう例えればいいのだろう。
体中焼け爛れていたのだろうか。
全身一度にたくさんの針を刺されたような……それもどこが痛い箇所なのか、部位の特定が出来ないほどの深い鋭い痛みだった。
中途半端に痛点だけが残っていたのだろうか……?
これが地獄の苦しみというものなのかな?
何度も何度も、その強烈な痛みで意識が遠のき……気がつくと再びあの地獄がやってくる……といった状態だ。もう寝ているのか起きているのかさえも区別できないほどだった。
息苦しくて、幾度と無く嘔吐していたように思う。
それこそ……時間の経過が分からぬほど長い恐怖の時間だった。
手の感触が戻るまでは分からなかったが、苦しみ、のたうち回るオレの手をしっかり握る奴の存在があった。
……あとで分かったのだが、バールであった。
オレを救ったのは、彼だった。
| 固定リンク

コメント